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月収わずか3000バーツ? タイの5県が15年以上も抜け出せぬ貧困の罠 NESDC報告

貧困に苦しむタイの地方の村。水上に立つ質素な家々と、棒を持って歩く子供の姿。上部に「月収3000バーツ(1.4万円) タイ5県が15年以上 抜け出せぬ『貧困の罠』」のテキスト。
Thaim Line Bangkok

タイ国家経済社会開発評議会(NESDC)の報告書が、タイ国内の深刻な貧困問題に警鐘を鳴らしています。特に注目すべきは、国内の5県が過去15年以上にわたり「貧困の罠」に陥り、平均月収がわずか3,078バーツ(約14,200円)という貧困ラインを下回り続けている現状です。この記事では、NESDCの報告に基づき、これらの県が貧困から抜け出せない複合的な要因と、その背景にあるタイ社会経済の構造を深掘りします。

NESDC報告書の概要と「貧困の罠」に陥る5県

NESDCの報告書は、タイ国内の貧困状況を多角的に分析したもので、特に特定の地域が長期にわたって貧困から抜け出せずにいる「構造的な問題」を浮き彫りにしました。2022年時点でタイ国内で最も貧困率が高い10県のうち、以下の5つの県は2007年から2022年までの15年間、常にこの「最貧困10県リスト」に入り続けていることが判明しています。

  • メーホンソーン県 (Mae Hong Son) – 北部:山岳地帯に位置し、交通の便が悪くインフラ整備も遅れています。
  • パッターニー県 (Pattani) – 深南部:長年の治安不安が経済活動や投資を著しく妨げています。
  • ナラーティワート県 (Narathiwat) – 深南部:パッターニー県と同様、治安問題が深刻です。
  • ターク県 (Tak) – 西部:メーホンソーン県と同様、地理的要因によるインフラの遅れが課題です。
  • シーサケート県 (Sisaket) – 東北部:収入を不安定な農業に大きく依存しています。

タイにおける「貧困」の基準とは?月収3,078バーツの「貧困ライン」

NESDCは、貧困を判断するために主に2つの異なる基準を用いています。一つは「所得(お金)」に基づく基準、もう一つは「生活の質」に基づく基準です。

1. 所得に基づく貧困ライン (Monetary Poverty Line)
これは最も分かりやすい基準で、「人間が基本的な生活を送るために最低限必要な食料品と非食料品を購入できる所得水準」として定義されます。この金額を下回る所得しかない場合、「貧困状態にある」と見なされます。

  • 最新の貧困ライン(2024年基準): 月収 3,078バーツ / 1人あたり (日本円で約14,200円 ※1バーツ=4.6円で計算)
  • この金額は毎年見直され、2024年時点で約343万人(人口の約4.9%)がこの基準を下回る「貧困層」とされています。

2. 多次元貧困指数 (Multidimensional Poverty Index – MPI)
NESDCは、所得だけでは測れない「貧困」の実態を把握するため、2019年からこの多次元的な基準も採用しています。これは、以下の4つの側面から生活の質を評価します。

  • 教育 (Education): 就学年齢の子どもの不就学、大人の基礎教育不足など。
  • 健康的な生活 (Healthy Living): 医療アクセス困難、障がい者・高齢者ケア不足など。
  • 生活環境 (Living Conditions): 安全な水・トイレ不足、過密住居、インフラ利用不可など。
  • 金融安定性 (Financial Security): 貯蓄なし、年金未加入、多額の負債など。

これらの側面で複数の問題を抱える場合、「多次元的に貧困」と判断され、より複雑な支援が必要とされています。

なぜ貧困から抜け出せないのか? (「貧困の罠」の要因)

NESDCは、これらの県が貧困から抜け出せない要因として、単にお金がないというだけでなく、複合的な問題を指摘しています。

  • 地理的・インフラの問題: メーホンソーン県やターク県は、山岳地帯に位置し、交通の便が悪く、インフラ整備も遅れています。これにより、産業の発展が阻害され、市場へのアクセスも限られています。
  • 教育と雇用の機会不足: 質の高い教育へのアクセスが限られ、高収入の職に就くスキルを習得できず、低賃金の農業や単純労働に従事せざるを得ない状況です。
  • 治安問題: パッターニー県とナラーティワート県は、タイ深南部の紛争地域に位置しており、長年の治安不安が経済活動や投資を著しく妨げています。
  • 農業への過度な依存: シーサケート県など東北部の県は、収入を不安定な農業に大きく依存。自然災害や農産物の価格変動が家計に直接的な打撃を与えます。

実際の所得はなぜ低いのか?タイの社会経済構造

月収3,078バーツという数字だけを見ると驚かされますが、実際の調査において、このような低い所得で生活している人々は確実に存在します。その背景には、タイの社会経済構造が深く関係しています。

  • 巨大な「非公式(インフォーマル)経済」の存在: タイの労働人口の半分以上が、社会保障や正規の雇用契約がないインフォーマルセクター(日雇い労働者、小規模農家、露天商、バイクタクシー運転手など)で働いています。彼らの収入は不安定で低賃金であり、現金でのやり取りが多いため所得の捕捉も難しいのが実情です。
  • 農業従事者の多さとその収入構造: 貧困層の多くは地方の農村部に集中し、農業で生計を立てています。多くの農地が雨水に頼るため、干ばつや洪水で収入が激減します。また、収入は収穫期に集中し、年間平均月収を低くする要因となります。
  • 「現金収入」以外の要素: 地方農家では、自家消費分の米や野菜、魚なども市場価格に換算して所得に含められます。また、低所得者向けの政府補助金も所得として計算されますが、これらを含めても月収3,078バーツを下回る世帯が存在しています。

タイの貧困統計は、国家統計局(NSO)の大規模な「世帯社会経済調査」に基づいており信頼性は高いものの、インフォーマルセクターの過少申告や都市部と地方の物価差といった課題も指摘されています。

政府への提言と今後の展望

NESDCは新政権に対し、これらの「貧困の罠」に陥る地域に特化した、より的を絞った開発政策の実施を提言しています。単なる補助金の給付に留まらず、インフラの整備、教育機会の拡充、地域の特性に合った産業の育成など、貧困の根本原因に対処するための長期的な戦略が必要であると強調しています。

また、タイでは大麻が合法化され、一部の地域では新たな収入源となる可能性も指摘されていますが、その利用を巡るリスクや社会的影響についても、今後の貧困対策の議論の中で慎重な検討が求められます。

まとめ

現在のタイが抱える「富の格差世界一」とも言われる貧富の差の構造は、富める者がさらに富み、貧しい者が「貧困の罠」から抜け出せないという悪循環を生み出しています。この根深い構造的問題を解決せずして、タイ社会全体の底上げは困難でしょう。さらに、貧困状態のまま少子化を迎える現状は、将来の労働力不足や社会保障の持続可能性に大きな影を落とします。豊かな文化と自然を持つこの国が、持続可能な発展を遂げ、全ての国民が希望を持てる社会になることを心から願ってやみません。


出典・参照元:

この記事を書いた人

keitasatou:タイムラインバンコク編集者
バンコク在住10年以上ライター、バンコクで複数のSNSを運用しておりフォロワー総数は7万人以上。ライターという特殊な職業柄、各業界のタイの裏話を聞くことも多数あるそう。https://www.facebook.com/thaimlinebkk

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タイムラインバンコク編集部は、バンコクに在住する経験豊富な編集者とライターからなる専門チームです。日本人メンバーだけでなく、日本語能力試験N1を持つタイ人メンバーも在籍しており、多様な視点から情報を捉えることを大切にしています。 インターネット上の情報だけでなく、実際に現地へ足を運び、独自の取材・調査を行うことを信条としています。グルメ、ビューティー、最新ニュースからカルチャーまで、バンコクで暮らす人、訪れる人にとって本当に価値のある、正確で信頼できる情報を厳選してお届けします。日本のメディアに情報提供することもあります。
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