MENU

タイ高速鉄道 中国主導に SRT労組が新政権に懸念「安全性・技術」について見直しを要求

タイ中国高速鉄道に関する記事アイキャッチ画像。「タイ高速鉄道 中国主導に SRT労組が新政権に懸念 『安全性・技術』について見直しを要求」というテキスト。背景は走行する高速鉄道のイメージ。(AI IMAGE)
keita satou
未来的なデザインの高速鉄道車両がタイの風景の中を走行しているAI生成イラスト(縦型)。高架橋の上を走る白い流線型の列車。
建設が進むタイ中国高速鉄道(AI IMAGE)

タイのアナンティン新政権が高速鉄道を含むインフラ投資拡大方針を打ち出す中、タイ国鉄(SRT)の労働組合(SRUT)が、建設が進む「タイ中国高速鉄道プロジェクト」に対し、改めて懸念を表明し、計画の一部見直しを求める公式声明を発表しました。これは新政権発足後、労組からの初めての正式な動きとして注目されています。

タイの大手日刊紙デイリーニュース(Daily News)などが報じたこの声明は、特に「安全性」と「技術移転」の問題が未解決であると強調しており、プロジェクトの推進に「待った」をかける内容となっています。

背景:タイ中国高速鉄道プロジェクトとは

タイ中国高速鉄道プロジェクト
出典:https://www.cgtn.com/

タイ中国高速鉄道(Thailand–China High-Speed Rail)は、中国の技術支援(標準軌、車両、信号システムなど)を受けて建設が進む国家的な高速鉄道計画です。現在、バンコク(クルンテープ・アピワット中央駅)からナコンラチャシマ(コラート)を結ぶ約253kmの第1フェーズが建設中です(2025年10月時点で進捗約80%との報道あり)。

将来的にはノンカイを経由し、ラオス・中国(昆明)と接続する計画で、中国が提唱する「一帯一路(BRI)」構想における重要な国際鉄道網の一部を形成することが期待されています。

そして最終的に、バンコク(クルンテープ・アピワット中央駅)からスタートし、タイ国内(ナコンラチャシマ経由ノンカイ行き)の高速鉄道を建設し、それをラオス国内で既に開通している中国ラオス鉄道に接続することで、バンコクと中国(昆明)を結ぶというのが、このプロジェクトの大きな目標です。

労組声明の骨子:5つの主要な懸念点

SRT労働組合(SRUT: สหภาพแรงงานรัฐวิสาหกิจรถไฟแห่งประเทศไทย)は、新政権がインフラ投資を加速させる方針を示した直後のタイミング(2025年10月中旬)で声明を発表。「前政権時代から提起してきた課題が未解決のままだ」として、以下の5つの点を強く懸念しています。

1. 安全性への懸念

  • システム互換性:
    中国規格の高速鉄道システム(標準軌)と、タイ国鉄が長年運用する在来線(メーターゲージ/線路幅1m)との接続部分や信号連携における技術的な安全性が十分に検証・確保されていない。
  • 高速運行リスク:
    高速運行に必要な国内技術者の熟練度や、緊急時対応訓練が不足している。特に、実地での緊急停止プロトコルの訓練が行われていない点を指摘。
  • 保守体制:
    保守点検体制が整う前に、建設工程が前倒しで進められることへの懸念。

2. 運行・ダイヤ計画への懸念

  • 需要予測: 政府が試算する乗客需要予測が過大であり、実際の採算性に疑問がある。
  • 在来線への影響: 高速鉄道と並走する在来線(特に長距離列車)が利用客減少により空洞化し、地域鉄道のサービス低下を招く恐れがある。

3. 人員・訓練体制への懸念

  • 人材不足:
    高速鉄道の運行・保守に必要な専門知識を持つ運転士や保守員の育成・確保が計画通り進んでいない。
  • 訓練の質:
    SRT職員への技術訓練が形式的で、安全な運用開始レベルに達しない可能性がある。

4. 技術移転の不透明性

  • 限定的な移転:
    中国側からタイ側への技術移転が限定的であり、特に主要機器(信号システム、車両制御システム等)の保守ノウハウが十分に共有されていない。
  • 将来の自立運用:
    将来的にタイ国鉄が自前で整備を行ったり、国産部品を供給したりといった独立運用能力を確保できるか不透明。結果として「中国製部品への依存が固定化される」リスクを指摘。

5. 財務的懸念

  • 財政圧迫:
    第1フェーズだけで約1,790億バーツとされる巨額の建設費に加え、将来の維持・運営費も莫大であり、SRT全体の財政を著しく圧迫する。
  • 採算性:
    運賃収入だけでは維持費を賄えず、恒常的に国庫からの補填が必要になる可能性が高い。
  • 公的債務リスク:
    政府保証による負債が「公営企業債務」として積み上がり、国家財政全体へのリスクとなる。

労組の要求:「見直し委員会」設置と透明化

これらの懸念に基づき、SRT労働組合は新政権とSRT理事会に対し、以下の具体的な行動を要求しています。

  • 第三者(外部専門家、組合代表を含む)を交えた「見直し委員会」の設置。
  • 建設・運行に関する全ての関連資料の公開と透明化。
  • 職員の再訓練プログラムと人員確保計画(採用基準・人数含む)の改訂と公表。
  • 技術移転条項を明記した中国側との契約内容の再確認。

労組の立場としては、高速鉄道計画そのものへの反対ではなく、あくまで「拙速な開業」や「中国側への過度な依存」を避け、安全性と技術移転、財政的な持続可能性を確保した上での計画推進を求めている、と解釈されています。

政府・SRT側の反応と今後の焦点

この労組からの声明に対し、タイ政府・SRT経営陣の反応は以下の通り報じられています。

  • 運輸省幹部:
    「労組の提案を尊重する」としつつも、プロジェクト全体の大幅な計画変更は現時点では検討していない、と慎重な姿勢を示しています。
  • SRT経営陣:
    「安全性評価や技術移転の進捗は国際基準に沿って進められている」と主張しており、今後、労組側に説明を行う予定です。

今後の焦点としては、近く予定されている財務省・運輸省・SRT理事会による「リスク再評価報告書」の作成プロセスに労組が参加できるか、そして政府・SRT側が労組の要求する「見直し委員会」設置などの具体的な対応を取るかどうかが注目されます。

一方で、第2フェーズ(ナコンラチャシマ〜ノンカイ間)の入札準備は予定通り進む見込みであり、今回の労組の懸念表明がプロジェクト全体のスケジュールにどこまで影響を与えるかは、現時点では不透明です。

まとめ:中国との連携と自立のバランス

タイ中国高速鉄道プロジェクトは、中国の「一帯一路」構想とも連動する国家的な巨大インフラ計画であり、タイ国内の地域格差是正や、ラオス・中国との経済連携強化という大きな戦略的意義を持っています。

また、諸外国の中国主導の高速鉄道計画は、ほとんどの事業が巨額赤字または数十年単位での黒字転換見通しとなっており厳しい現状です。

今回のSRT労働組合による懸念表明は、その推進過程における安全性、技術的な自立、財政的な持続可能性といった、現場からの切実な問いかけを改めて浮き彫りにしました。特に「中国主導」のプロジェクトにおける技術依存や将来的な運営コストへの不安は、タイ国内でも根強い議論となっています。

新政権がこの問題にどう向き合い、中国との連携とタイ自身の技術的・財政的自立のバランスをどう取っていくのか。今後の動向が注目されます。

出典・参考サイト

  • Daily News (タイ語): สหภาพฯ รฟท. ย้ำจุดยืน ทบทวนรถไฟความเร็วสูง
  • Bangkok Post (英語): Rail union seeks review of China project over safety concerns (類似記事)
  • Thai PBS
  • Thansettakij (ฐานเศรษฐกิจ)
  • CGTN

この記事を書いた人

keita satou(タイムラインバンコク編集部)

バンコク在住10年以上。旅行ライセンスを持つタイ法人の社員のかたわらライターも行う。タイ在住日本人向けのメディアとタイ人向けメディアを運営。Facebook(フォワー1700人)や複数のSNS(総フォワー7万人以上)を運営する。職業柄、各業界のタイの裏話を聞くことも多数あるそう。

関連記事

about me
Keita Satou
Keita Satou
タイ在住ライター
タイ在住ライター バンコク在住10年以上。旅行ライセンスの持つタイ法人の社員のかたわらライターも行う。タイ在住日本人向けのメディアとタイ人向けメディアを運営。Facebook(フォロワー1700人)や複数のSNS(総フォロワー7万人以上)を運営する。日本のテレビ・メディア取材経験多数あり。職業柄、各業界のタイの裏話を聞くことも多数あるそう。
記事URLをコピーしました