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タイの米国とのレアアース協定も課題が山積み

タイのレアアース協定の課題に関する記事アイキャッチ画像。
keita satou

近年、タイのレアアース(希土類)生産量が統計上急増し、世界的な注目を集めています。特に、中国への依存度が高いレアアース供給網において、タイが新たな供給源として期待される中、2025年10月には米国・タイ・マレーシア間で「重要鉱物協力に関する覚書(MOU)」も締結されました。

しかし、タイ政府自身はこの開発に慎重な姿勢を見せており、「商業的価値は低い」「MOUに拘束力はない」と説明しています。さらに、専門家からは地政学的なリスクや環境への懸念も指摘されています。

この記事では、タイのレアアース開発を巡る「生産急増の統計データ」「タイ政府の公式見解」「地政学・環境リスク」「米タイMOUの課題」という複数の側面から、現状を多角的に解説します。

【事実】レアアース生産量 世界6位へ急浮上

国際的な統計データを見ると、タイのレアアース生産量は確かに急増しています。

  • USGSデータ:
    米国地質調査所(USGS)の最新データ(2025年発表)によると、タイの2024年のレアアース年間生産量(REO換算)は13,000トンに達し、中国、米国、ミャンマー、オーストラリア、ロシアに次ぐ世界第6位となりました。(出典: USGS / The Nation)
  • 驚異的な成長率:
    これは前年比+261%という急激な伸び率です。
  • 地政学的重要性:
    世界のレアアース供給、特に精製プロセスを中国がほぼ独占する中、タイが(特に米国や日本などの西側諸国から見て)重要な代替供給国候補として注目される背景となっています。(出典: SCMP / Foreign Policy 文脈)
  • 統計上の注意点:
    ただし、タイ鉱物資源局(DPIM)の説明によると、この「生産量」には、タイ国内の鉱山からの新規採掘だけでなく、海外から輸入した原料をタイ国内で加工・濃縮して再輸出したものも含まれる可能性がある点に留意が必要です。つまり、「生産量世界6位=国内での大規模採掘が確立した」と短絡的に解釈するのは早計かもしれません。(出典: Matichon Online)
  • 国内鉱床:
    レアアース鉱床自体は、タイ国内の複数県、特に北東部(ナコンラチャシマ、ブリーラム等)や、過去に錫採掘が行われた南部(パンガー、ラノーン等)に点在することが確認されています。(出典: DPIM / The Nation)

【タイ政府見解】商業化への慎重姿勢

生産量の急増という統計データとは裏腹に、タイ政府(特に鉱物資源を管轄する鉱物資源局DPIM)は、国内での本格的なレアアース開発に対して非常に慎重な見解を示しています。

  • 商業的採算性:
    「国内のレアアース鉱床は存在するものの、低品位で広範囲に点在しており、現時点では「商業的な投資採算に見合う高密度の集中鉱床は確認されていない」」というのが公式な立場です。(出典: Matichon Online)
  • 技術的課題:
    本格的な国内採掘・精製に必要な分離・精製の技術基盤が未整備であることも大きな課題として認識されています。
  • 政府の意図(推測): この慎重姿勢の背景には、

    • タイにとって最大の貿易相手国である中国への外交的な配慮。

    • 過去の錫採掘などで経験した鉱山公害に対する国内世論(特に環境団体や地域住民)への配慮。

    があるのではないかと推測されています。

【米タイMOU】協力覚書締結とその内容

このような状況の中、2025年10月26日、マレーシアで開催されたASEAN首脳会議の場で、米国・タイ・マレーシアの3カ国間で「重要鉱物協力に関する覚書(MOU)」が締結されました。

  • MOUの目的:
    中国に極度に依存するレアアース等の重要鉱物のサプライチェーンを多様化し、米国主導の代替供給網を構築することを目指すものと報じられています。(出典: SCMP / Reuters)
  • タイ政府の説明:
    タイ政府はこのMOUについて、「あくまで「法的拘束力を持たない」協力の枠組み」であると強調しています。協力範囲は主に「情報交換」と「技術協力(探査・評価技術の学習など)」であり、特定の国(米国)に採掘権を与えるものではない、としています。(出典: Matichon Online / Bangkok Post)
  • 米タイ間の温度差:
    背景には、サプライチェーンの脱中国依存を急ぎたい米国と、技術移転や経済協力を得つつも中国とのバランスを取りながら慎重に進めたいタイとの間に、戦略的な温度差が存在する可能性も指摘されています。

【課題・懸念】山積するリスク

タイが本格的なレアアース生産・供給国となるためには、MOU締結後も多くの課題や懸念が存在します。

  1. 技術・設備・人材の不足:
    前述の通り、商業規模での採掘・精製インフラ、そしてそれを担う専門人材がタイ国内には決定的に不足しており、MOUによる技術協力があったとしても、短期的な生産能力の飛躍的向上は困難と見られています。
  2. 投資リスクと採算性:
    鉱床が低品位で点在しているため、開発には莫大な初期投資が必要となる一方、高い収益性は見込みにくいという構造的な問題があります。タイ政府自身が「投資対効果が見合わない」と公言している点は、民間投資を呼び込む上での大きな障壁です。
  3. 地政学的リスク(中国との関係):
    中国は世界のレアアース精製能力の約9割を握り、近年輸出規制を強化しています。タイが米国主導の供給網に深く組み込まれる動きを見せれば、最大の貿易相手国である中国からの経済的な報復措置や外交的な圧力を招くリスクがあります。タイ政府がMOUについて「独占的な取り決めではない」と強調するのは、このリスクを意識しているためと考えられます。(専門家の指摘より)
  4. 環境・社会面の懸念:
    レアアースの採掘・精製プロセスは、放射性物質を含む廃棄物の処理や、化学薬品による水質・土壌汚染など、深刻な環境問題を引き起こすリスクが非常に高いことで知られています。隣国ミャンマーの中国国境付近では、ずさんな管理下での違法採掘による環境破壊や健康被害、越境汚染が既に大きな社会問題となっています。タイ国内でも、過去の錫採掘による公害問題を経験していることから、環境団体や地域住民からはレアアース開発に対する強い懸念の声が上がっています。専門家は「厳格な環境影響評価(EIA/EHIA)の基準整備と、その遵守なしに開発を進めるのは極めて危険」と警鐘を鳴らしています。(出典: Bangkok Post / NGOレポート等)

まとめ:期待と課題の中でタイが進む道

タイがレアアース生産量で世界6位になったという「統計上の事実」と、国内での本格的な商業採掘はまだ時期尚早であり、多くの課題を抱えるという「実態」には、現時点で大きなギャップが存在します。

米国などとの協力覚書(MOU)締結は、タイが将来的にレアアース供給網の多様化に貢献するプレイヤーとなる可能性への「入口」を示唆するものですが、それはあくまで始まりに過ぎません。

タイが真の意味で持続可能なレアアース「採掘・供給国」となるためには、詳細な資源量評価、厳格な環境基準の策定と遵守、高度な分離・精製技術の確立、専門人材の育成、そして米中二大国との間でバランスを取りながら国益を守る高度な外交戦略という、まさに山積する課題を乗り越える必要があります。

タイがレアアースの産出国だというのは私も勉強不足で知りませんでした、しかしながら米国や中国への配慮。輸出・インバウンド等東南アジアの国々がどちらの意見を尊重するというのを決めにくいというのが本音だという地政学的な問題は十分に理解できます。

国際社会からの期待と、国内に存在する多くのリスクの間で、タイ政府が今後どのような具体的な戦略を描き、実行していくのか。その舵取りが注目されます。

出典・参考サイト

  • 米国地質調査所 (USGS) Mineral Commodity Summaries
  • タイ鉱物資源局 (DPIM / กรมทรัพยากรธรณี)
  • The Nation Thailand
  • Bangkok Post
  • Matichon Online (มติชนออนไลน์)
  • South China Morning Post (SCMP)
  • Reuters

この記事を書いた人

keita satou(タイムラインバンコク編集部)

バンコク在住10年以上。旅行ライセンスを持つタイ法人の社員のかたわらライターも行う。タイ在住日本人向けのメディアとタイ人向けメディアを運営。Facebook(フォワー1700人)や複数のSNS(総フォワー7万人以上)を運営する。職業柄、各業界のタイの裏話を聞くことも多数あるそう。

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Keita Satou
タイ在住ライター
タイ在住ライター バンコク在住10年以上。旅行ライセンスの持つタイ法人の社員のかたわらライターも行う。タイ在住日本人向けのメディアとタイ人向けメディアを運営。Facebook(フォロワー1700人)や複数のSNS(総フォロワー7万人以上)を運営する。日本のテレビ・メディア取材経験多数あり。職業柄、各業界のタイの裏話を聞くことも多数あるそう。
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