猿が支配した街 タイ ロッブリーの現在

タイ中部ロッブリー県。プラ・プラーン・サムヨート(Phra Prang Sam Yot)などの古代遺跡と、そこに生息する何千匹もの猿(カニクイザル)との共存は、長年この街の象徴的な風景でした。しかし近年、そのバランスが崩壊。猿は時に攻撃的になり、住民や観光客を危険にさらし、市中心部のビジネスや生活を脅かす「災害」とも呼べる存在となっていました。
2024年から2025年にかけて、タイ政府と地元当局は、この「猿が支配した街」を取り戻すため、大規模な作戦に乗り出しました。この記事では、問題の背景から、当局の対応の時系列、そして最新の「現在の状況」について、タイメディアの報道を基に解説します。
きっかけ:なぜロッブリーは「猿が支配した街」になったのか
ロッブリーに猿が多い理由は、単に自然が豊かだからというだけではありません。歴史的・文化的な背景と、環境の変化が複雑に絡み合っています。


- 歴史的・文化的背景:
ロッブリーはクメール王朝時代からの古い歴史を持つ街です。ヒンドゥー教の影響を受け、猿神「ハヌマーン」が神聖視されてきました。特にプラーンサームヨート(Phra Prang Sam Yot)寺院周辺では、猿は「神の使い」として保護され、住民が餌を与える習慣が根付いていました。(出典: hirokun5150blog) - 環境の変化と過剰繁殖:
近年、周辺の森林伐採や都市開発により、猿たちが野生の住処を失い、市街地へ集中しました。市街地では天敵がおらず、観光客や住民から豊富な食糧(餌付け)を得られるため、その数は爆発的に増加。一説には数千から1万頭とも言われるようになりました。(出典: mezamashi) - 深刻な「猿害」の発生:
猿が人間を恐れなくなり、観光客の食べ物や持ち物を奪う、家屋や商店に侵入して室内を荒らす、時には人を威嚇・攻撃して怪我を負わせるなどの「猿害(えんがい)」が深刻な社会問題となりました。住民は窓やドアに厳重な鉄柵を設置して防衛せざるを得ず、「人間が檻に入って暮らしている街」と揶揄されるほどの異常事態に陥っていました。(出典: mezamashi, thailandgaho)
時系列:当局による大規模捕獲作戦 (2024年〜2025年)
この深刻な事態を受け、タイ天然資源環境省および国立公園・野生生物・植物保全局(DNP)は、地元ロッブリー市と共同で、市街地の猿の数を管理するための大規模な捕獲・移送作戦を開始しました。
- 2024年5月~:作戦本格化
DNPが中心となり、市街地の猿を捕獲し、不妊手術を施した上で、郊外(Po Kao Ton地区など)に設置された大規模な保護施設(巨大ケージ)に移送する作戦を本格化させました。(出典: Bangkok Post) - 2025年6月:新施設の建設と作戦継続
2025年度予算が投じられ、3,000匹以上を収容可能な新しい保護施設の建設が開始されました。並行して6月8日から17日にかけて、450匹の捕獲を目標とする追加作戦が実施されました。(出典: Bangkok Post) - 2025年9月:脱走ハプニング
Po Kao Ton地区の保護ケージから約100匹の猿が脱走するというハプニングが発生。当局は麻酔銃なども使用し、数日間(9月17日~19日)で95匹を再捕獲しました。(出典: Matichon) - 2025年10月:追加捕獲作戦
DNPは、市街地に残る猿のさらなる捕獲・不妊手術のため、10月14日から20日にかけて、新たに250匹の捕獲を目標とする作戦を発表。作戦は継続されています。(出典: Khaosod)
ロッブリーの「現在」(2025年10月)
1年以上にわたる大規模な作戦の結果、ロッブリーの状況は劇的に改善しています。Khaosod紙(2025年10月17日付)が報じた、DNP担当者による最新の状況は以下の通りです。
- 市街地の猿は95%以上減少:
プラ・カーン祠やプラ・プラーン・サムヨートといった中心地の猿の数は、作戦前に比べて95%以上減少したと報告されています。 - 残存数は150匹未満:
現在、市街地(旧市街エリア)に残っている猿は150匹未満と推定されています。 - 住民・観光客への被害は沈静化:
残った猿は警戒心が強くなり、廃墟ビルなどに隠れているため、「住民や観光客に大きな問題(ความเดือดร้อนรำคาญ)は引き起こしていない」状態になったと当局は見ています。
かつて「猿が支配した街」と呼ばれたロッブリー市中心部は、当局の粘り強い対策により、ようやく人間が安全に生活できる環境を取り戻しつつあるようです。
まとめ:猿との「共存と対立」の行方
ロッブリーの猿問題は、神聖視する宗教・文化的な背景と、過剰繁殖による深刻な猿害という現実が対立する、非常に難しい問題でした。タイでは、宗教上の観点から野生動物を殺処分する習慣もありません。広く根付いた慣習では家庭にでたゴキブリやアリをも殺すのも躊躇する人々も何人も目撃したことがあります。
2024年から2025年にかけての大規模な行政介入により、市街地の状況は大きく改善しました。今後は、保護施設での猿の適切な管理と、市街地に残った少数の猿との新たな「共存」の形を模索していくことになります。
なお、ロッブリーの伝統行事である「モンキー・ビュッフェ・フェスティバル」(毎年11月最終日曜日)については、昨年も開催されており、主催者は今後も継続する意向を示しています(開催場所が伝統的な場所になるか、保護施設内になるかは未定)。
(出典: Bangkok Post)
出典・参考サイト
- Bangkok Post
- Matichon Online
- Khaosod
- hirokun5150blog.com
- mezamashi.media
- thailandgaho.com
この記事を書いた人
keita satou(タイムラインバンコク編集部)
バンコク在住10年以上。旅行ライセンスを持つタイ法人の社員のかたわらライターも行う。タイ在住日本人向けのメディアとタイ人向けメディアを運営。Facebook(フォワー1700人)や複数のSNS(総フォワー7万人以上)を運営する。職業柄、各業界のタイの裏話を聞くことも多数あるそう。

